ペルシャ手織カ-ペット協同組合

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ペルシャ手織り絨毯

   手織ペルシャ絨毯

手織ペルシャ絨毯は、長い歴史を持つ世界で最も良く知られたイランを代表する 芸術作品の1つです。
古代には、ペルシャ絨毯は各地の王によって贈り物として交換されていました。ヨーロッパの人々はこの芸術作品の美を理解しており、何世紀にも渡って各家庭で使用しておりました。
歴史的な事実が伝える所によると、ペルシャ絨毯は シルクロードを経由して日本にもたらされました。しかし、日本では普及するまでに 多くの年月を要しましたが、最近はペルシャ絨毯の美しさやすばらしいデザイン、色彩やオリジナリティに魅了される日本人が増えてきました。
装飾品・室内調度品として 企業の役員室、ホテル・クラブ等で使用することで、ペルシャ絨毯独特の楽しい雰囲気 が広がります。手織ペルシャ絨毯についてもっと良く知る為には、商品を販売する目的でないペルシャ手織カ-ペット協同組合のホームページをみて研究していただき、不明な点がありましたら、組合まで問い合わせをしてください。


   ペルシャ絨毯の産地

ペルシャ絨毯の産地はイラン国内の各地に点在しており、それぞれの産地で特徴を持っております。首都テヘランに最も近いクムでは絹を素材として結び上げられた高度な 技術を駆使した斬新なデザインの作品が数多く織られております。
日本の人々はシルク=高い=良い商品と考えますが、必ずしもそうではなく、それぞれの商品の出来具合が基本であるという事を皆様に認識していただきたいと思います。
ナイン、イスファハン、カシャン、タブリーズを合わせて5大産地と呼ばれます。各産地ともに、綿糸の縦糸にウールの色糸を絡めて織り上げられます(イスファハンは縦糸がシルク)。どの産地が良い、悪いではなくて、それぞれの産地の中での上、中、下が基本であります。基本は細い糸で細かく織られた商品が良い商品となります。
デザイン・色・工房は副次的要素であり絨毯本体の最終的な価値を決めることにはなりえないのであります。
例として、うなぎの特上と江戸前すしの特上は比較の出来ないのではないでしょうか? 100%この例に絨毯が当てはまる訳ではありませんが、1つの指針として頂ければと思います。
有名な産地の商品で無いからといって品質が劣る訳ではないのです。このような、織りペルシャ絨毯に関わる事実及び信頼性に関する理解の促進を目的として、広範囲な協調的活動によって目標を達成するため、また、ペルシャ手織絨毯の歴史的な評価を維持する為、『ペルシャ手織カーペット協同組合』が設立されました。

   ペルシャ絨毯の歴史
ペルシャ絨毯は、今から3千年以上前に古代ペルシャ帝国(現在のイラン)で発祥したといわれています。 独創的で華麗なデザインと、手作業による卓越した織りの技術は、何千年もの時を経た現在まで、職人達の手によって受け継がれてきました。 ペルシャ絨毯にはシルクやウールの糸が使用され、途方もない歳月をかけて、一本一本緻密に織り上げられています。
丹念に仕上げられた絨毯は、時が経つほどに風合いが増し、美しい光沢を帯びていきます。
何世代に渡っても衰えることのない美しさと堂々たる存在感。ペルシャ絨毯は世界でも最高級の品質誇る逸品として、揺るぎない地位を築いています。
ペルシャ絨毯の産地は広大なイランの各地に散在しています。それぞれの産地によって特色があり、丈夫なウールの素材はもとより、繊細な光沢を持つシルクの素材のもの、またデザインもさまざまで、種類が豊富なことも大きな特長となっています。
   ペルシャ絨毯の復興
18世紀、サファヴィー朝はアフガンの侵略に遭い滅びるとともに、絨毯の生産もごく一部を除き途絶えてしまいました。19世紀後半になってタブリーズを中心にづくりが復興されるまで約1世紀以上のブランクがありました。 この絨毯復興はタブリーズの商人を中心として欧州市場に向けてなされたもので、第1次世界大戦で市場がヨーロッパからアメリカに移行したりしましたが、ガージャール朝から20世紀のパフラヴィー朝にも絨毯振興の制作は引き継がれ、世界のペルシャ絨毯の名を不動のものとしました。1979年、イランはイスラム革命により王制に終止符を打ちますが、絨毯産業は国の重要な輸出品目となっています。


   ペルシャ絨毯の黄金期
同じ頃、イランにおいても絨毯づくりは盛んに行われていたと思われますが、著しく発達するのは、アケメネス、サーサーンに続くペルシャ人による大帝国が復興された16世紀の
サファヴィー朝からです。
シャー・タフマースプやシャー・アッバースⅠ世の時代はペルシャ絨毯の古典期とされており、
アナトリアの絨毯とはまた異なった細密な曲線を扱った文様のペルシャ絨毯の名品が生み
出されています。
とくにアッバース帝の治世には、イスファハーンに都が遷されて、数多くの絨毯工房が
新設され、金糸を使った絹の絨毯(ポロネーズ絨毯)など華麗な 絨毯が制作されるようになり、インドのムガル朝やトルコのオスマン朝などに大きな影響を与えました。
   手織り絨毯の足跡
これら古い出土絨毯のほかにも絨毯の足跡はみられます。 それは文学や絵画に残された資料によるものです。
アラブの史家タバリー(9~10世紀)が言及している7世紀クテシフォン宮殿の織物「ホスロー王の春」、10世紀のペルシャの地理書、またそれ以降、中央アジア・西アジアを訪れたアラブや西洋の旅行家の記録などに散見されるさまざまな記述です。
絵画のジャンルでいえば、古代遺跡のレリーフ、敦煌の壁画、宋や元の絵画、ペルシャやトルコのミニアチュール(写本の挿画―細密画)などが挙げられます。 絵画資料に関しては、ルネサンス期に宗教画、肖像画など描写が正確な写実となることで、傍証資料としての価値がおおいに高まりました。

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